ADHDの症状を改善する目的は何なのか考えてみた:やっぱり人と会いたい

前回は、ADHDの診断を受けようか悩んでいる件についてという記事を書きました。
今回もつらつらと今のわたしが考えていることを書きたいと思います。

ADHDという障がいを知って10か月ほど経ちましたが、なぜわたしはADHDのことについて調べることに夢中になっているのかを、改めて考えているところです。

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直近の目標は

直近の目標は、ADHDの特徴である段取りの悪さ、先送りグセなどのいくつかの症状を改善すること。
これは揺らぎありません。

なぜこれが目標なのかというとADHDのことを知って、改善できることを知ったからです。

自分を責め続けていた過去

それまでは、だらしないのはわたしがズボラで気合と根性が足りなくて、意識が低いからだと思っていました。
子どもの頃から、出来ない自分自身を責め続けており、自分を信用できない状態になっていました。
ベッドから出られない日々が続くうつを経験したのですが、その原因はその自責の念が許容量をオーバーしたからだと今は考えています。、

改善してきた先人がいるのだから、わたしもやってみよう

ADHDの特徴的な症状を知り、脳のはたらきに起因することを知ったことで、自分自身を責めることは少なくなりました。

そして、勇気が出たのは、いろんな工夫をしてADHDの特徴と言われている症状を改善してきたり、折り合いをつけてきたりした先人がいることを知ったからです。

わたしにも少しは改善できるかもと思って、特に困っていた人付き合いで気を付けるポイントを洗い出したりとか、お風呂嫌いをどうにか治せないかとか、洋服のセンスを少しでもマシに出来ないか、と日々邁進しているのが今です。

なぜ改善したいのか

それでは、なぜ改善したいのでしょうか?

まず第一に、もううつを経験したくないので、防ぐために考え方や過ごし方を変えようと思ったから。

二つ目は、不器用でも社会の中で魅力的な人たちと一緒に過ごしたいから
今日は、この二つ目について整理しておこうと思います。

それでもやっぱり人が好き

今日は久々に学生時代からの友人とランチをし、会社の同期の集まりと飲み会とダブルヘッダーでした。

他人といると、疲れます。今、正直へとへとです。

空気を乱していないか、とか余計なひとことを言ってしまっていないか、傷つけていないか、という心配をしてしまいます。
あと、人間ですから、小さなことで劣等感や優越感などを抱えては感情が揺さぶられます。

それでも、ドラマのワンシーンについて共感できたり、意外なところを見られていて褒められては嬉しくなったり、新婚生活をのろけられて幸せに感じつつ羨ましく思ったり、突然寝始めて驚いたり、面白い出来事がたくさん起こります。

ひとりで過ごしていても決してこれらの出来事は起こりません。

人と一緒にいるから、笑えて、憤れて、喜んで、悔しがれるのです。

その感情って大切だな、と今日は素直に思えました。

不器用だからつきあいを避けようと思っていた

これまでは、自分のペースが乱されるので、他者との関係から生じる感情が鬱陶しくて嫌いでした。

うつの時期に人と会わなかったお陰で友達や知り合いの数が減ったのですが、うつを防ぐため、穏やかに過ごすため、人付き合いは最小限にした方がいいと考えていました。

でも、それって、楽しそうな無料イベントをやっているのに知らんぷりして通り過ぎようとしていることと同じで、気になっていることに正直になれていなかったのかもしれません。
なぜなら、不器用だし音楽に合わせて手を叩けない不安があるから。
手を叩けなくても、イベントを覗いて音楽に合わせてピョンピョン跳ねるだけでも良いのだと思います。

劣等感を軽減する

また、いろんな人たちと出会って、いろんな刺激を得たい。面白い出来事に出会いたい。

今日、その気持ちを確信したことによって、なぜ生活を改善したいかが判りました。

不器用だからと物怖じして人と会う機会を抑制しないように、その劣等感を少しでも軽減させたいのです。
その分、ハードルが下がりますからね。

生まれ変わったばかり

まだ、自分自身が生まれ変わったばかりだと思っています。
生後10か月ぐらいでしょうか。

出来ないことが多くて当然なのですから、長い目で自分自身と付き合っていこうと思います。