ADHDかもしれないわたしの幼児期~極度な人見知り

30台半ばになって「ADHDかもしれない」と気付いたわたしですが、ADHDは子ども時代に症状が強く表れることが多いので、自身の幼少期について振り返ってみました。

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幼児のころ

 

言葉が遅かった

わたし自身は幼過ぎて記憶がありませんが、言葉を話し始めるのがとても遅かったようです。
難聴を疑った、ということを母親から聞いた記憶があります。

星野仁彦著「知って良かった大人のADHD」ヴォイス社によると、この症状は

ADHDに伴いやすい軽度の発達性言語障害

と考えられるそうです。

 

極度な人見知り

幼稚園に入る前は極度な人見知りでした。

知らない人と会うと泣く他、親戚や限られた親しい家以外は上がることも出来ず、母親の友人の家に行っても「入らない」の一点張り。
ひとりで靴を履いたまま玄関で無言で待っていました。

嫌な子どもですよね・・・。

頑固さと人見知りが入り混じった行動だったのかもしれません。

一時保育に預けられたときも、預けられることに慣れていなかったのかもしれませんが、配られるお菓子も受け取らずに大泣き。

保母さんも何も出来なかったようで、すぐに母親が迎えに来ました。

完全にパニック状態だったのだと思われます。

幼稚園のころ

 

最初は登園拒否

年中から幼稚園に通い始めたのですが、最初は登園拒否がひどく、毎朝大泣きして駄々をこねていました。
なぜかは覚えていませんが、泣き叫んでいたことだけは覚えています。

このときも、慣れない環境に行くことにパニックに陥っていたのかもしれません。

 

家族の不幸で急にしっかり者に

 2歳上の姉が病気で亡くなった後、急激に「しっかり者」になった、と親から聞いています。
よく覚えていませんが、幼心に何かが生まれたのでしょう。

 「しっかり者」になったことは、大人になった今の性格の礎にもなっていると思います。
しかし、この性格が仮面となって様々な内面の不安定さを隠す原因になったのかもしれない、とも考えています。

 

お風呂が嫌い

 今もお風呂に入ることが苦手ですが、この頃から嫌いでした。

3日ほど嫌がってお風呂に入ることを拒否したときに、当時は髪が長かったのですが、幼稚園で「くさい」と言われたことがあります。
 
ADHDの人は、お風呂に入ることの心地よさを理解していても、お風呂に入る準備からお風呂で行うプロセスが多く面倒に感じて苦手な人が多いのだとか。

この頃から今と変わらず嫌いだったんだな、とよくわかります。

最後に

おことわりですが、上で挙げた行動・症状やコメントは、あくまでもわたしの自己分析です。
参考になれば、と思って書いていますが、ご自身やお子様の様子と重なるからといって、くれぐれも「ADHDだ」と断定しないで下さいね。

 

振り返るのは有意義

この記事を書くにあたり子ども時代を振り返っていますが、かなりタフな作業だと感じています。
ですので、心身が弱っていると感じている方にはあまりお勧めしません

ただ、今後ADHDの診断を改めて受けるならば必要なことなので、これを機に自分なりにまとめておこうと思います。

今の自分だとなかなか客観的になれませんが、比較的時間が経っている子ども時代だと冷静に捉えやすいですね。
そして、自分を知るうえで大切なプロセスだと感じています。
 
すこしずつ、進めていきたいと思います。

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