ADHDかもしれないわたしのうつ闘病後期1/2~笑気ガスで世界が戻った

うつと診断され会社も休職し、ずっと引きこもった状態で1年ほど経ちました。
ただひたすら時間を過ごす毎日で、どうしたらいいかなど考えられませんでした。
漠然と、社会には戻れず実家に帰るのかな~、生きていけるのかな~なんて思っていました。

そんなとき、うつから脱出する転機が訪れました。
ひとつめは「笑気ガス」。

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全身麻酔から目覚めたら

うつとは関係のないある手術を受けなければならず、全身麻酔を受けました。
その手術を受ける前の一週間は調子が悪く、ほとんど寝たきりでうつの薬も飲まず食事も採っていませんでした。

手術が終わり麻酔から目覚めた直後は気分が悪く帰宅後もすぐに寝てしまったのですが、翌日目が覚めると、驚くことに目の前がこれまでにないほど明るく鮮明に、実体のあるものとして感じることが出来たのです。

絵本の世界から飛び出したピノキオのようでした。

学生の頃から、離人感と呼ばれる、世界と私自身の間に薄い膜の様なものの存在を感じており非現実的な感覚がいつも抜けませんでした。
二十年ぶりに、その膜が取れた感じがしました。

正体は「笑気ガス」

なぜそんな風に感じたのか、手術を受けたことによる心情の変化だとか、ホルモンバランスだとか、いろんな可能性を検討し調べました。

たどり着いた答えは麻酔で使われた「笑気ガス」でした。

笑気ガスとは

笑気ガスは一酸化二窒素という物質で、鎮痛効果が高く全身をリラックスさせるため、今回の手術では全身麻酔を打つ準備処置として使われていました。

実はこの笑気ガス、2014年に吸入することでうつ病患者の40%の人の症状が半分以上軽減した、という実験の報告もある物質でした。

ただし、この笑気ガスはその陶酔感・多幸感から現在は厚生省の指定薬物に定められているそうです。

残念なことに、心療内科の主治医にわたしなりの分析を話してみたのですが、「そうかもね」で済んでしまい、わたしの回復に対する医学的な根拠・説明は得られませんでした。

激変期間

手術の翌日から、自分でも信じられないぐらい色んなことをこなせるようになりました。

掃除が出来る、料理が出来る、電話が出来る、外出できる、人に会える。

当たり前のことかもしれませんが「がんばらなくてもできる」という体験をしたのは、大人になってからは明確に初めてでした。

後戻りする不安があった

快調に日々を過ごしながらも、目が覚めたら元に戻るんじゃないか、という不安は絶えずありました。

そのときの良好な体調であれば、会社に戻ることは屁でもありませんでした。

ですが、やはりまた「起きられない」「話せない」状態にいつ陥るんだろう、と思うと、復帰すると会社に報告することが出来ませんでした。

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