ADHDかもしれないわたしの大学生時代(2/2)プライベート編~バイトはしっかり

30代半ばになって「ADHDかもしれない」と気付いたわたしの大学生時代の振り返りです。
最も苦しい20代の始まりですが、学校以外のプライベートは時間にルーズ以外は楽しめていたかもしれません。

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うつ病にニアミス

21歳のとき、大学の健康診断で「うつの可能性あり」と言われました。
本人としては「そうかも」と思っていたので真剣な気持ちで学内の医者の面談に行ったのですが「年頃だからね、大丈夫よ」と一蹴されました。

このときに、もう少しこだわって、個人的に心療内科に罹れば、違う相談ができたかもしれません。
ただ、健康保険で行く以上親に言わなければならず、それが大きな壁でした。

時間にめちゃめちゃルーズ

この時期の時間のルーズさは訴えられてもしょうがないレベルでした。わたしに親切にしてくれた何人もの人が、被害に遭いました。

「遅れます」「行けません」と連絡するのはまだ良い方で、約束をしたままその場に現れず、何日かして「あの日はごめんね、体調がわるくて」なんてメッセージを送って終わりにしていました。

特に学生生活では、そんなことをしていると信頼も何もなかったし、それが余計に学校に行くのを嫌にさせ、人に会いたくなくなる、と負のスパイラルでした。

試食販売のアルバイト

学校には行っていませんでしたが、アルバイトはコンスタントに入っていました。

実家が田舎なので、毎日数時間だけの居酒屋などは交通費でバイト代が飛んでしまうため、ソーセージなどをスーパーで1日売る試食販売のアルバイトを週末だけしていました。

登録先の事務所から指定された商品とお店に行くスタイルなので、毎回違う土地に行くことができ、小旅行みたいで楽しかったです。

遅刻癖は相変わらず

遅刻はありましたが、9割ぐらいは指定通りの時間で入店できていたと思います。

遅刻の多さについては何度か怒られましたが、意外と売り上げの成績もよかったので、大目に見てもらえていました。

あるときは、遅刻したのにその日のノルマを15時ぐらいで売り切ってしまい早く帰れた日もありました。

インターネットが楽しかった

ちょうどテレホーダイがやってきた時代でした。

知らない人とチャットをするのが楽しくて毎晩のように朝までやってました。

まとめサイトやいわゆる「チラシの裏」ブログもやっていて、何度か、今でいう「バズった」ことも有り今では良い思い出です。

ミュージカルが楽しかった

楽しかったと思い出せるのは、数カ月に一度夜行バスに乗って上京し、安宿に泊まりながらミュージカルや舞台を何本も見ることでした。

空いた時間は憧れの銀ブラ(死語ですね)でした。

誰にも会わなくていいし好きなことをしていられる至福の時間でした。

実家住まいの当時は、安宿の狭い部屋でも、一人の空間が「かくあるべき」という鎧を外せてたまらなく心地よかったです。

今でもミュージカルとかショーは好きで、ディズニーランドに行ってもアトラクションよりパレードの方が好きです。

就職活動

就職活動は何度か行い、最初は内定先があったが卒業できずボツにしました。謝り方が判らず、半ばバックレに近い状況でした。

最後の就職活動は、どうしようか悩んだまま時期は過ぎてしまい、出遅れたときに地元が近い人事の居た今の会社で内定をもらえました。

就職活動に関しては、履歴書上は輝かしい経歴を書けた(留学してた、○○大学だ、とか)ことと、中堅に絞っていたことで、一次の評価は良いことが多かったです。
面接では、初対面の人に受けるネタは用意できていたので、それで乗り切れた感じがします。

特にやりたいことはなかったのですが、一人暮らしができることと、海外に出られる機会があれば良いなと思っていました。

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