ADHDかもしれないわたしの小学生時代(2/2)家庭編~指をしゃぶる妄想好き

30代半ばになって「ADHDかもしれない」と気付いたわたしの小学校時代の振り返りです。
今から考えると良い子過ぎて問題を隠していたように思います。
家庭生活編です。

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ひとり遊びが好きだった

一旦学校から帰ると、ほとんど一人で遊んでいました。

友達がゼロだったわけではないのですが、少なかったと思います。

また、放課後に誘われても断る口実を考えていました。
親は仕事で不在だったので、家で好きなことをやっている方が楽しかったのだと思います。

唯一、友達と遊んでいて楽しかったことは、中学を受験する友達の問題集を借りてその問題を解くこと。
当時は本当に勉強が楽しかったようです。

お風呂が嫌いなのに妄想して長風呂

幼児の時からですが、やはりお風呂嫌いは治りませんでした。
数日お風呂に入らないことも多かったです。

嫌いなのにも関わらず、一旦入ると浴槽に浸かりながらの妄想が止まりません。
2時間でも3時間でもお湯が冷たくなるまで入っていました。

酷いときは、お風呂から上がっても歯を磨きながら手でジェスチャー交えて妄想が続きさらに1時間…なんてことも。

親が待てなくなり、いつの間にか私のお風呂は家族の中で一番最後、が決まりになりました。
一番最後になると親は寝てしまうため、入らなくても注意されなくなりました。

ちなみに、どんな妄想をしていたかというと、「××君とデートすることになったら…」とか「歌手になったら…」とか年相応のものでした。

入るまで時間が掛かり、入ったら入ったで上がってこれない…ADHDの先延ばし癖、自制が効かない傾向が感じられますね。

朝起きたくなくてずる休み

高学年になって我儘になると同時に悪知恵もつき始めます。
毎朝如何に学校を休むかを布団の中で考えていました。

眠いだけではなく、起き上がりたくなかったのです。
それでも、親の力もあり本当に病気の時以外は通っていましたが、ついに6年生の時に、熱もないのに断固として「気分が悪いから行かない」と言い、3日ほどずる休みをしてしまいます

このときは、思春期にかかっていたこともありますが、学校という場が嫌いでした
周りに思われているほど友達付き合いも上手ではないことを自覚し始めていた頃だと思います。

ずる休みについては、兄からは激怒され、親は学校に何かあったのか問い合わせをしたそうです。

5年生まで指しゃぶり

しっかり者で通っていた割には幼稚なところもあり、小学校5年生まで寝るときの親指しゃぶりが止められませんでした。
ADHDの症状には挙げられないかもしれませんが本人としても異常な行動だとわかりつつ止められませんでした。

「診断保留」の要因

このときはまだ自分の部屋を持っていませんでしたが、机の上は汚かったです
実家は日常に支障がない程度には片付いていましたが、決してきれい好きではありません。

ADHDの診断をしてもらうために主治医から小学校の成績表を持ってくるように言われたのですが、見当たらず、提出できませんでした。

親に口頭で教えてもらったら訊いた「悪いことは何も書いてなかったよ。書かれたら絶対覚えてる」と言われ、その旨を主治医に伝えると「そういう人は女性に多い。知恵があるから。」との反応。

そして診断保留となりました。

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